つぶやき
2009年8月13日 (木)
2009年8月 6日 (木)
セロリ畑はカエル天国
セロリ畑にはカエルが沢山いる。種類は多分アマガエルでそんなに大きくない。
セロリはたくさん水くれをするからだ。
袋入れが始まる午前3時は夏といっても寒いので、セロリについていたカエルはそのまま袋詰めされてしまう。(気温が低いと動かないんだよねェ)
それを箱入れの時に見つけてしまうと、
ついつい助けてしまう。
「やい、ぴょん吉、めた逃げろやれ。」
ってな感じ。
←そして助けられたぴょん吉。
そんな親切ごころを出していると、仕事はすすまないのでこっそり逃がしてやる。
するとこの前、バイトのモッキーさんがカエルを逃がしてやっている現場を偶然目撃!![]()
そういえば機長も東京に運んだセロリからカエルが出てきて、可哀想だから原村に連れて帰ってきたことがあるって言ってたなァ。
やっぱり愛らしいものね、アマガエル![]()
みんなついつい助けちゃうんだよねェ![]()
2009年7月29日 (水)
百姓の子
連日の雨で出荷も大苦戦…
雨が降ると段ボールが濡れないようにとか、濡れたセロリの露を払うとか手間も時間もかかる。
私は毎朝4時出動で、一段落したところで1回家に帰り、息子を起こして朝ご飯を温めて畑に戻り、みんなで朝ご飯となる。順調なら7時前に帰れるが、手間がかかれば8時を過ぎてしまうことも度々。
そんな時息子に「おかえりー!」と出迎えられたことが2度ほど…。
2階から下りてきて、居間で1人で遊んでいてくれるのだ。
いつかはキッチンの引き出しから”ぜんまいざむらいふりかけ”を持ち出し、10袋ばかりがテーブルの上にたらたらと並べられていたことがあったョ…
良く寝る子なので基本的にはいつも寝ていて、家に帰って起こすパターンだが、ホントに手のかからない子である…![]()
そんな話を義母にしたら、旦那もそんな子どもだったと。
やはり百姓の子である。
2009年7月16日 (木)
なるようにしかならない
最近の私の心情だ。
TVを見ていたらテニスサークルに通う96歳の元気な爺さんが長生きの秘訣をインタビューされてた。
『くよくよしないことです。なるようにしかなりませんから。』
96年も生きている人の言葉は重い…。
出荷が始まり息子の生活リズムが乱れ昼寝をしなくなった。1時間くらいかな?
でもそのうちの30分はハウス仕事中なので、家に帰ってきてそーっと寝かせて20分くらいで起きてしまう。
私が寝れない…。 寝不足の2週間。
人間寝ないとイライラするものでどんどんマイナスの思考になっていく。
あれもやらなきゃいけない、これもやらなきゃいけない、でも眠い、だるい、息子とも遊ばなきゃいけない…
イライライライライライライライライライライライライライラ…![]()
つまらないことで息子や旦那にもあたってしまう…。
これはまずい!と思った時この言葉を思い出した。
「なるようにしかならない」
無理して頑張ろうとすると絶対歪みができる。周りにも悪影響だ。
今できることだけ頑張ればいいんじゃないのか?そう思って働くのは午前中だけにし、夕方のハウス仕事をやめてみた。その1~2時間を息子と散歩したり、走ったり、TVで相撲観戦したり、PCいじったり。
そしたらずいぶん気持ちが楽になった。ハウス仕事はちょっとしかできないけど、頑張って無理しても好いことない。今の私に合ったペースを掴むことが大事なんだと気づいた。
だって ”なるようにしかならない”もん。前向きな意味で。
あら?投げやりなように聞こえるかな?
いえいえ、前向き思考ですよ![]()
2009年1月31日 (土)
天使といえど…
私たち看護師はよく”白衣の天使”などと言われる。
病気や怪我で心身を病んでいる患者さんには白衣を着た若い(強調!)女性は”天使のようだ”と思えるのだろう。しかしそんな天使といえど人間である。
実は看護師の足の臭いは強烈に臭い!
なぜこんなに臭いのかと思えるほど臭い!
うら若き女性の足がこんなに臭くていいものかと思えるほど臭い!
これは私だけではない。
最近は針刺し事故や血液感染対策という視点からサンダルの使用が禁止され、白のスニーカーやナースシューズを履く傾向にある。しかし1日中立ち歩いて働いている靴の中はむんむんむれむれである。夏場の農作業で長靴を履いてもここまでは臭くならない。多分働いている時間はほとんど靴を脱がないからなんだろう。大体どんな仕事の人も、1日のうち数回は履き物を換えないか?
…そう考えると他の業種の人ってどうなんだろう?
看護師に勝るとも劣らない足の臭い業種ってあるんだろうか?
…んんん?
皆様からのご意見お待ちしてます。
2008年8月21日 (木)
2008年7月17日 (木)
粋なたんぼ
トラックに乗ってセロリの集荷所に向かう時に発見した粋なたんぼ。車高の高い車でないと見る事が出来ず、いままで気づかなかった。どこの家の田んぼかはわからないのだが”和”というのが好い。多分字の部分は古代米(赤米)だと思うんだよね。
どうやって植えたんだろ?
”和”という字を作ってる部首のノギヘンは”米”を意味する。米を作りそれを口にする。
米作りにはたくさんの人出が入り、収穫の喜びをそのたくさんの人で輪になって食すと、そこには和み(なごみ)があり平和がある。
”和”という字にはそういう意味がある。
なかなかいい話でしょ?これは腰椎圧迫骨折で入院したお寺の住職さんから以前聞いた話。検温した時に説教してくれたのよ。(仕事中に何やってたんだ?と思ったあなた!看護師は患者さんとこういう話をするのも仕事なのよ!笑)
だからこの田んぼの人はなかなかセンスがあるなァ~と実に感心してしまった。
近隣にお住まいの皆さん、ぜひお探しあれ!
2008年6月26日 (木)
便利な世の中
旦那が便利なサイトを見つけてくれた。中国語の翻訳サイトだ。
日本語で打ち込んだ文章をクリック一つで変換してくれる。他にも英語や韓国語などもあり便利である。携帯でも利用できるため畑で中国人と細かいところを話す時(大体のことは漢字で通じるが)にも実に重宝している。
便利な世の中である。
その言語を学ばなくても細かい意思の疎通ができるのだ。
ドラえもんの”ホンヤクコンニャク”みたいだ。
…しかし、……確かに便利だけど、重宝しているんだけど、何か虚しさがある…。
人間の”便利さ”の追及はどこまで行くのだろう?洗わなくていい米や土の付いていない水耕栽培の野菜など、便利だけどそれでいいのか?。
家に居ながらインターネットで買い物ができ、海外に住む友達と瞬時にメールでやり取りができる。どこに行っても食べ物屋があり、必要なものはいつでもどこでも大体手に入れられ、その為の24時間営業の店も増えた。”夜勤”や”宿直”なんて看護婦か警察官か警備員くらいだったものが、今はあらゆる業種でとられている労働形態だ。
”便利に、便利に…”を追及し、本来の生活リズムも変え、世の中はどんどん変わっていく。そしてこの”ボヤキ”を発信しているのも、”便利”を追求したその賜物からなのだ。
その恩恵をこうむりながら一方でそれを疑問視していく矛盾な感性は人間が本来持っている思考過程なのかもしれない。
2008年6月 5日 (木)
梅雨かよォ…。
息子の風邪はようやくおさまり、鼻水も咳も出なくなってきた。
今回はしっかり治さねばとちょー用心して自宅療養していたので、かれこれ3週間近くハウス仕事を休んでいた。さてこれでまた復活だァ~と思ったら昨日今日と雨じゃん…。何と梅雨入りしたと。
そんなぁ~…。
信州の梅雨はジメジメに加え寒い。大抵の家ではまだコタツが片づけられないのだ。ゆえに息子を連れてハウスに行くのはちと避けたい。…うう、また家で缶詰じゃぁ…。
うっとうしい季節到来である。
2008年4月 8日 (火)
介護
私は看護師なので介護というものがいまいち分かっていなかった。宅幼老所での看護師の仕事は”もしも何かあったときのために”というお守り程度のもので、介護のお手伝いという部分が大きい。それでも”私は看護師なのだから”という気持を強く持って仕事をしていたが、最近それが邪魔なものに思えてきた。
毎日来所する利用者で薬の管理ができないおじいさんがいる。妻も認知症であり、近くに住む娘も理解力が乏しいため「ではこの施設の看護師が管理しては」と提案した。
服薬管理は看護師の仕事であり、何の違和感も持たずに提案したことだった。しかしここは老人健康施設、服薬管理は積極的な治療の援助と見なされ好まれないのだと。
あくまで家族の介護のお手伝いであり、それを見守る程度の援助でなければならないのだと。看護師が積極的に介入し治療の援助を行う事が、家族に混乱を与える事にもなるのだという。なかなか難しい。
介護とは出口の見えない毎日の繰り返し。認知症の人と触れ合ってみると精神的な強さがとても要求されると実感する。看護は病む人を「今より少しでもよりよい状態に」という目標がある分常に前向きだ。しかし介護は「現状の継続」であり、前向きな目標とは言い難い。忍耐力も相当必要だ。
認知症なのだから、病気なのだからと思ってみても、やはりこちらも人間で暴言を吐かれたり、暴力を受けたりするとショックだし気が滅入る。「きっと姑にひどくいじめられたから、今封印が解けて暴言を吐くんだ」とか「たくさん迷って生きてきた人生だから徘徊するんだ」と対象理解に努めても、その理解を維持するのはなかなか難しいこと。精神的な強さがないと良い介護が提供できない。
看護学校でも臨床の現場でも介護は看護のすぐ近くにあり、まったく知らない世界ではなかった。病院でも高齢者の長期入院は介護に近いものがあると思っていた。
しかし今回宅幼老所でより在宅介護に近い体験をさせてもらって、介護の大変さ、重さ、苦しさを感じることができている。本当に貴重な経験だ。
今は大変なところばかりが目に入るが、介護のよさにも目を向けて勉強していかなきゃな。




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