2009 山形紀行(3)
出羽善光寺を後にし、母と叔母との待ち合わせ場所へ。
お昼は米沢牛の名店”金剛閣”で豊食の予定![]()
実は出羽善光寺の参詣を終えた後車に戻ると、寝ていたはずのほらっちょ氏の4号(5才)が”くすんくすん”と泣いているではないか!途中で起きたら誰もいないので泣いていたのだ!
寂しかったに違いないが、こちらには4号よりさらに小さいわが息子がいるため、お兄ちゃんとしての威厳も保たないといけないが、でも寂しかったと言わんばかりにうつむいてはらはら泣いている!その姿が何とも意地らしい…
ごめんねを連呼し「頑張って待っててくれたから、お昼はおいしいご飯だぞ~!」とか言ってごまかす。そして待ち合わせ場所に着くとほらっちょ氏、「俺たちは1号のサッカーの練習試合の様子を見に行くから、後で合流な」と。
はへェ??ご飯一緒に行けないの? やばい!!
あんなにお昼ご飯で釣るようなこと言って機嫌を直していたのに…、やばーい!!
もうあとは何も言わずにほらっちょ氏に任せるしかない!
…そーっと逃げたずるいマダムであった![]()
ほらっちょ氏がその後どうなったのか気にしつつ、米沢牛のしゃぶしゃぶに舌鼓
やっぱり米沢来たら肉だ、肉![]()
食後も同店の販売部で肉やら、ソーセージやら、カレーやら、肉団子やら大量に買い込む母と叔母。おばさんパワーは怖い…![]()
しかしこの時点でも時間はいっぱいいっぱい。この後は上杉城址苑にある物産館に行ってお土産を買うのだが、30分しかない!
しかも大河ドラマ効果で観光客がうじゃうじゃ!駐車場に車を停めれず、ひとまず母と叔母を降ろす。合流したほらっちょ氏と必殺の裏ワザで駐車し、物産館に向うも人人の波。この頃息子は眠くなってぐずり出し、おんぶした背中で寝始める。そんな状態では私は満足にお土産も買えず、見かねたほらっちょ氏が「叔母さんたちは先に帰して、マダムは俺の車に残ったら?そしたらゆっくり米沢見物できるよ」と。
なんと!ナイスアイデア!
こんな時人見知りしない息子を持つと楽である。早速息子は母に託し叔母たち一行に別れを告げる。![]()
伝国の杜博物館では”天地人博”が企画されており、ほらっちょ氏と4号と見てみることに。(あっ、ほらちょ氏は旗に隠れちゃった!)
絶対妻夫木聡や玉山鉄二(の展示物?)狙いだと思われるギャル系の姉ちゃん集団もおり、何だかなァ~と思われてならない。
いや、まァいいんだけどね。
企画のゆるさはほらっちょ氏と同感で、 2人で何だかなァ~を連呼。まァいいんだけどね(笑)
一番印象に残ったのは、徳川家康から理不尽な上洛を迫られ、痛快に切り返したた”直江状”の展示である。現在伝わっている直江状はいくつかあり、内容もそれぞれ微妙に異なり、原本は残っていないそうだ。当時使われない文法や不自然な敬語の使い方など内容に疑問があるため後世の偽作とする見方もあるが、いくつか現存している点で、恐らく本物が存在したのだろうとのこと。ん~~、実に面白い!
ほらっちょ氏は伊達政宗の本物の甲冑が見れたことが良かったと。実はあまりにもきれいなので「あれ、レプリカなんじゃないの?」とほらっちょ氏としゃべりながら歩いていると、「あちらは本物なんですよォ」と学芸員さんがおずおずと私たちの会話に入ってきた。(笑)実戦では着用されてはいないだろうが、伊達政宗の甲冑として何体か制作され重臣に下賜されたものの1つだそうだ。天地人博の威信にかけて学芸員さんも「説明させてくださいっ!」て感じだったのかな?![]()
それぞれが歴史マニアならではの楽しみ方に満足する。
ちなみに米沢を後にしてから旦那から電話があり「”上杉家の至宝2”買った?」と。
そんなの買ってこいなんて言ってないじゃん…。っていうか、そんな本があることなんで知ってるの?言うことがマニアックすぎて笑ってしまった。
余談をもう1つ。母一行に別れを告げ”天地人博”に向かう途中、心躍る光景が車窓から広がる!どこかの中学校の校庭で女子ソフトボール部が紅白戦をしている!![]()
「おお~~!ほらっちょ氏、車停めてくれェ~!見たいィ~!」
「マダム、何しに残ったか分かってんの?ダメです、ダメ!」
うぉぉぉ~!こんなチャンスはまたとないのにィ~~! けちィ~~!!![]()
歴史ロマンも女子ソフトボールの学生も、マダムにとっては心躍る町、米沢なのであった。(笑)
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